吟醸酒のふるさと 瀬戸の風薫る「今田酒造本店」
2021.06.04 今田酒造本店は、1868年創業という非常に歴史のある蔵で広島県東広島市の安芸津という小さな町にあります。
瀬戸内海に面していて、瀬戸の風が薫る穏やかな気候の中でお酒が造られています。
安芸津町は古くから杜氏の郷として知られ、この町から“酒都”と呼ばれる西条の酒蔵をはじめ、全国へたくさんの杜氏や蔵人が出かけていきました。
かつての酒造りは、男たちが農閑期にふるさとを離れて、蔵に100日以上泊まり込んで働く出稼ぎ仕事だったそうです。安芸津という土地は平地が少なく農業だけでは収入が限られていたことや古くから酒造りが盛んだったことに加えて、早くから港町として開け町の人間が積極的に遠くに出稼ぎに行く気風があったと言われています。
そんな安芸津町には、今は二つの酒蔵しか残っていませんが、そのうちのひとつが今田酒造本店です。今田酒造本店は安芸津町の伝統的な酒造りを受け継ぎつつ時代に合わせた新しい挑戦にも取り組んでいます。
【『八反草』を復活させたい 短所は長所にもなるはずだ】
その挑戦のひとつが、広島の酒米のルーツと言われる幻の米「八反草」の復活。八反草は、広島県で広く使われる酒米の「八反錦」などのルーツで背丈が高くて収穫量も少なく、栽培がとても難しい上に米が硬くて麹造りが難しいなど弱点があって、近年栽培が途絶えていました。
しかし「八反草」が、広島県が誇る酒造好適米「八反35号」や「八反錦1号」「八反錦2号」などのすべてのルーツだというのは、とてもロマンを感じさせるもの。農家の方々の協力もあって、復活することに成功したんです。
「短所は長所にもなる」
八反草による酒造りを進めていくと、硬い米は、高精白に耐えるということに気づきました。さらに八反草は溶けにくいので、雑味が出にくく爽快なキレ味を生むことができます。
八反草の持ち味を生かすような麹づくりや酵母の選択をし、醸造管理をすることで、昔のお米らしい純朴なうまみが口いっぱいに広がりながらも飲んだ後には驚くほどスッキリとして後に残らないお酒が出来上がったんです。
「精米の方法を替えれば、大吟醸並みの品質になる」
今田酒造のもう一つの挑戦が「扁平精米」、「原形精米」による酒づくりです。吟醸酒や大吟醸というのは、今日良く知られています。酒造に適した米を精米して、60%の重量まで削った米を使うのが吟醸酒さらに削って50%以下まで小さくして醸したのが大吟醸酒です。
酒造りに適したお米の中心部には「心白」という真っ白な部分があり、ここはでんぷんの純度が高いのですが、米の外側に行くほどたんぱく質や脂肪などの成分が多くなり、それが雑味を生みます。そこで雑味の原因になる部分を削って、よりクリアな酒を造るのが大吟醸です。
しかし、従来の精米機では、元々ラグビーボールのような形をしている米の長細い部分ばかりが削れて、精米を進めると丸い形の米粒になります。
この時、本当はでんぷん質が多い部分まで削れてしまって無駄が多くなります。ところが、新たにサタケが開発した精米機を使うと、雑味の原因になる部分だけがうまく削れて、結果としてラグビーボールを横から押しつぶしたような扁平な米に仕上げたり(扁平精米)
元の米の形状のまま小さく削ったりすることができるんです(原形精米)。
こうすれば、あまりお米を削らなくてもクリアで良質な酒ができるので、たとえば60%まで削って本来の基準では吟醸酒なのだけど、実際の酒の質は40%まで削った大吟醸並みの質の酒が造れる、というわけです。
「試行錯誤の末に出合った『ハイブリッド醸造法』これならいけるんじゃないか」
そんな今田酒造本店の挑戦の旗振り役が、今田美穂さんという5代目社長兼女性杜氏です。美穂さんは、東京の大手百貨店などで仕事をしていましたが、帰郷して父親の跡を継ぎました。
今田美穂さんが造る、今田酒造本店の人気銘柄が「富久長」です。
「富久長」はもともと、小味の効いた瀬戸内の魚介類、特に鯛やメバルなどの白身の魚にあうような、広島伝統の軟水醸造法による吟醸造りをベースとした、繊細でやわらかい酒を追求してできた1本。
ただこれらの特徴は、複雑さや重層的な味わいを求める方には物足りなく評価されることもあるんです。そこで、「酒全体が太くなるのではなく、富久長らしい繊細さは保ったままで、味わいの下支えをしてくれるような、深い旨みやコクを加えられないか」という目標を立て、新しい技術を開発することにしました。
注目したのは「酒母(しゅぼ)」で、新しく開発したこの技術は、現代のバイオテクノロジーの技術と古来伝統の生もと系酒母を組み合わせたもの。
まさしく「ハイブリッド酒母」です。そしてこの酒母を用いた酒は、吟醸造りをベースとした富久長の繊細さと、生もと系酒母由来の力強さを併せ持つハイブリッドな酒となりました。
酒造りには、伝統的な酒造法である「生酛」造りと、現代において主流になっている「速醸酛」造りという、大きく分けて二つの方法があるのですが、富久長はその両方の利点を生かした新しい醸造法に挑戦しています。
〜 まとめ 〜
「富久長」は華やかな香り、フルーツを思わせる含み香があり、口に含むと上品でさわやかな酸味が広がります。
八反草の喉ごしのキレをぜひ堪能してみてください。
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